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TSUNAMI

津波と言えば2011年3月11日の東日本大震災を思い出します.
wikiによると,この曲は震災以来いまだに桑田佳祐氏のライブでは演奏されていないそうです.
しかし歌詞やメロディは素晴らしい.
もちろん津波を歌ったわけではないので,いつかまた誰もが違った角度で自然にこの曲を聞くことができるようになってほしいです.

この曲は,ある節目を迎えた方に聞いてもらおうと思って演奏しました.
ぷりんと楽譜に江部賢一さんの編曲があったので入手しましたが,原曲の雰囲気がかなり抑えられているのと,大切な一部が省略されているので自分で採譜することにしました.
指がギリギリ届きそうなので江部賢一さんの編曲と同じ調にしました.
本当はもう少し原調に近づけたかったのですが無理でした.
このところ仕事が混んでいたのでなかなか進みませんでしたが,何とか最後まで到達し,いざ通してみると結構難しい.
自分で採譜した曲のほとんどはとても難しいです.
そのあたりは本当に素人を実感します.
いくつか音を変えたり無くした結果,まあ何とかなりそうなレベルに修正.
練習に入りましたが,やはり無理がある.
それでも何とか通して,9月29日にアップしました.

原曲はサザンオールスターズの編曲です.
原曲の雰囲気は絶対に壊したくなかったのですが,技術的についていけませんでした.


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コメント

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カッコイイ!

Youtubeでいつも拝見させて頂いております。素晴らしい演奏に聞き惚れます。ヤマハの古いクラシックギターをオークションで手に入れ、Amazonで楽譜を買って練習はじめましたが全く指が動かず、と言うより先に、楽譜もろくに読めず、音楽理論の本を少しずつ読んで勉強始めました。いつかこんなにかっこよく弾ける日が来るのでしょうか…

Re: カッコイイ!

マロンさん,コメントありがとうございます.

弾きたいと思う気持ちを持ち続ければ,いつか絶対に弾けるようになります・・って,もっともらしいことを書くと引きますよね.
こんなの嘘です.

私は譲り受けたセゴビアのレコードを何度も聞いて憧れたり,荘村清志さんの力強い演奏を聴いて心を強く揺さぶられたりして,自分でも弾きたいという気持ちをずっと持ち続けようとした時期がありました.
しかし,自分の演奏はあまりにもかけ離れていて,練習を重ねるたびに憧れとの距離感がはっきり見えて来るようで,いつも失望で終わっていたました.
所詮,弾きたいという気持ちなんて,持ち続けることができないことがわかりました.
10年以上,ギターに触れない時期もありました.
ギターは飽きてしまったおもちゃのようにクローゼットの奥に押し込まれていました.
かっこいいとはかけ離れています.

今,中途半端ですが演奏をYOUTUBEにアップしています.
その動画を見て,ギターを始めた人も何人かいらっしゃるようです.
こんなかっこ悪い奴の演奏が,どうして人の行動を変えるような事態を招くのでしょう.

その思いをコメントしたことがあります.
真夏の果実2に書き込まれただんご月見さんのコメントへの返信です.
長いのですが,かっこ悪さとギターの関係を書いたので,そのまま転記します.

マロンさんはいつかかっこよく弾ける日が絶対に来ます.
でも,かっこよく感じるのはマロンさんではなく,その演奏を聴いている人です.
その理由を読み取ってください.

---だんご月見さんのコメント
サザン好きの高校生で、クラシックギターも始める予定です。
絶対に真夏の果実を弾けるようになりたいです!!
自分が踏み入れて良いのか、分からないような、深いギターの世界に1歩踏み入れます。

---私の返信
コメントありがとうございます.

返信が長くなりそうなので,休み時間でも気が向いたときに読んでください.

私は桑田佳祐氏と同じ年齢(誕生日は1か月くらいしか違わない)のに,まぁなんと違った人生を歩んできたことか.
でも共通しているのは,常にそばにギターがあったことですかね.
憧れやときめきを持って何かを始めても,なかなか成果に繋がりません.
多くの人は次第に離れてしまうわけです.
私もそうでした.
長期間にわたって弦に触れることがなく,すっかり離れてしまった時期もありました.
でも,今ここに高校生の頃に一生懸命練習したギターがあります.

振り返れば,ろくに練習もしないで弾こうとすれば「へたくそ!」と嘲笑っているような音を返してきましたね.
手入れをしない爪で弾けば,例外なくささくれ立った音を返してきました.
感情をぶつけて,ギターに傷をつけてしまったこともあります.
その時は何も言わないし. 当たり前ですが..

ギターは,特にクラシックギターは長年一緒にいると弾き手の気持ちをそのまま音にする,特に悪い部分を強調するとんでもなく正直で嫌味な奴だと気づきます.
善かれ悪しかれ自分の気持ちが音になる...
これは怖い.
しかし逆手に取る手があります.
弦を張り替え,爪をきれいに手入れして,一音一音ゆっくりと丁寧に練習し,例えば彼女に気持ちを打ち明けるような演奏をしたいと願いながら弾いたらどんな音を出してくれるでしょう.
ちょっとリバーブでも掛けて録音してみてください.
自分でもぞくぞくするような演奏になるんですよ,これが.
(半世紀ほど経過しても,目の前でバッハを演奏してうっとりしてくれるような女性には出会ったことがありませんが...)

技術は時間を早めてくれますが,それが不足していても弾きたいと思う気持ちが楽器を通して個性となって音に変わり,独自の音楽を作るのだと思います.
技術は絶対条件ではありません.
技術は憧れを与えますが,それだけでは物足りなさをや自分との乖離を感じて最後には飽きることがあります.
卓越した技術は,もしかしたら「憧れ」を異常に強調してしまうのかもしれません.
だんご月見さんは「自分が踏み入れて良いのか、分からないような、深いギターの世界に」と書いていますが,音楽自体はとても浅く無限に広いものだと思います.
浅いから誰でも入れるんです,踏み入れてはいけない人はいないはずです.
深く掘り下げるとすれば自分の足元だけです.
ギターと一緒にいればいつの間にか心と音がつながります.
つながりが深くなれば自分だけの表現ができるようになります.
深さを感じるのであればその部分だと思います.
あとは自分の心の問題でしょう.
長年付き合ってきたギターは,自分の心のすべて音に変えてしまうのですから.
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